2017年 1月号


本当の「終活」を始めませんか?

萬好徹治

私たちは幸せな人生を送りたいと思い、受験勉強をしたり、資格を取ったりします。

結婚資金を貯め、万一のために保険に入り、さらに老後の為に年金などの準備をします。

生きている限り、絶え間なく何かしらの準備をしていると言っても過言ではないでしょう。

そして第一線を退くと、いつ死んでも大丈夫なように遺言を書き、墓を準備します。

現代の人たちはこれを「終活」と呼んでいます。


しかし聖書は、死後に過ごす場所を準備することこそが、本当の「終活」であると言っています。

ある時、1人の金持ちの畑が豊作になりました。

そこで彼は、全ての財産をしまっておける、より大きな倉庫を建てようと計画します。

そして自分自身にこう言います。

「これから先何年分もいっぱい物が貯められた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しもう」。

この人は事業に成功し、老後の蓄えも十分だと確信していました。

これからは贅沢ざんまい、悠々自適の毎日が待っていると思ったのです。

しかし神様は言われました。

「愚か者。おまえのたましいは、今夜取り去られる。おまえが用意した物は、誰の物になるのか。」 

さて、なぜこの金持ちは愚か者と呼ばれたのでしょうか。

聖書は3つの問題点を挙げています。


まず、彼は誰にでも平等に訪れる「死」を意識していませんでした。

けれども死は避けることの出来ない現実なのです。


また彼は、全ての人は死んだ後に神様から評価を受ける、ということを知りませんでした。

聖書は、私たちの行動だけでなく、言葉や思いの全てを知っておられる神を恐れて生きるように、と勧めています。

「神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」伝道者の書12章14節


さらにこの金持ちは、死後に過ごす場所を全く準備していませんでした。

生きている間に美味しい物を食べ、自分を楽しませることが出来ればいいと思ったのです。

しかし聖書は、死後の世界の存在をはっきりと述べています。

「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。」へブル9章27節

本来ならば、私たちは自分の犯してきた数々の罪のために、地獄でさばきを受けるはずでした。けれども驚くべきことにイエス・キリストが私たちの身代わりに罰を受けて死んで下さったのです。

このことを信じる人は、神様に赦され、天国で永遠に過ごす権利を得ると聖書は教えています。

「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子(イエス・キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 ヨハネ三章一六節 

あなたはもう神様に会う備えができていますか。

死後に過ごす場所の準備はお済みでしょうか。

そろそろ本当の「終活」を始めてみませんか。